今月の歌論・随感  【最新版】 【2003(平成15)年~2019(平成31)年一覧



  二〇二〇(令和二)年一月号    


   推 敲             波 克彦


 一首を作ったその日に推敲することは勿論であるが、翌日や数日経って再びその歌を読んでみて、更に充実させることができないかと思考を廻らすことによりその一首をより高めることができる。
 『短歌清話』(秋葉四郎氏著)には随所に佐太郎先生の作歌の推敲過程が記録されている。次に一例を短歌清話の記述に従い紹介する。

  海のべの風はやくして晴れながら雨降ること
  のあり熊野路は
  熊野路の海のほとりは(に)晴れながらしぶ
  きの如く雨の降りくる
  風はやき熊野の海のしぶきかと思ふ晴れつつ
  雨ふる時に
  海に立つしぶきの如く晴れながら雨降ること
  のあり熊野路は
  はや風に海のしぶきに似る雨のふることのあ
  り熊野路にして
  熊野路の海のほとりは晴れながらふる雨風に
  とぶ飛沫あり
  熊野路の海のほとりは晴れながら雨ふる雲の
  わたることあり
  海のべの木草かがやき晴れながら雨ふること
  のあり熊野路は

 通信には更に次の言葉が続く。「歌ができて私は思った。『どう考へても原案以上にはならない』(メモ)として投げてしまはなかったから、この改作が出来たのである。ぎりぎりまで努力しなければならないのだ。どう考へても満足できなかったのは、大切なものが言へてゐないのだが、それが何であるか、わからなかった。見ることは作歌の時にもつづく」。
 以上は短歌清話からの引用である。先生の歌は一字一句が徹底した推敲の上に選ばれている。なぜその字その句が用いられているかを深く考えて鑑賞することが重要である。この一首が完成するまでの推敲の変遷をつぶさに見て、一宇一句が推敲により更に輝く一首に変っていくことを読み取ることができるかどうかは読み手の力量にかかっている。そして自分ならその状況にあればそのように作れるかを考えてみることが大切である。そのように考えを廻らすことにより、一首に込められた本質がわかり、自分の作歌能力が高まる。