今年の秀歌


   二〇二二(令和四)年四十首     


健常のクラスメートと学びたる内なる孤独を孫のいま言ふ(坂本信子)
歌詠めば老いの心のかく癒えて吹雪ける夜を眠らんとする(佐々木勉)
わが庭に花みちて咲く梅の木に来る鳥を待つその声を待つ(神田あき子)
灯りなく余震に怯え帰る道星の輝き今も忘れず(番場輝子)
冠雪の斑となりし岩木山みどりうるほふ山肌迫る(山内聖子)
晴れとほる空気震はす鳥のこゑ梢に響き夏至の近づく(佐々木比佐子)
くる年のわれの未来にいくばくか期待をいだき暮の街ゆく(戸田佳子)
炊きたての飯香ばしき施設にて夕餉の声を母聞きゐんか(村山麗子)
穭田の緑の果たて黒々と野火の過ぎたる外輪山見ゆ(荒木精子)
昼日中のどけき街を緩慢に感染予防の広報車ゆく(大野敏夫)
ジンジヤーの咲く庭畑に草を引くステイホームもはや半年か(戸田民子)
盆すぎて御霊のかへりあふぐ空入日にかなとこ雲のかがやく(細貝恵子)
検診につきそふわれを不安持つらしき夫は幾度も見る(石原豊子)
高熱に苦しみ臥しゐるわが額に妻の当てし掌いたく荒れゐき(小堀高秀)
風のなき沼の辺歩むわが巡り飛ぶ雪虫の夕日に光る(鈴木桂子)
はやぶさ2帰還の日まで生きんかなわが残生の希望のひとつ(高橋とき子)
ささやかに正月用意整へて妻と語らひ除夜の鐘待つ(大友圓吉)
亡き後のこと言ふ妻も聞くわれもさりげなくして夕飯終る(杉本康夫)
新しき苗字の判を夫より貰ひ半世紀余実印となす(大野悦子)
母が逝き虚しき心埋めくるるもの無し庭に母の薔薇咲く(玉置圭子)
さながらに光さしくる思ひにてコロナワクチン接種のをはる(松嶋淑子)
この数年わが身のほとり幼子の歩める姿見ず聞かず過ぐ(石川喜美子)
川音をただ聞くのみに歩きをり背に秋の日をやさしく受けて(小林まさい)
多摩川に湧きたつ霧のけぶりゐて花の終りしアカシア寂し(佐保田芳訓)
確かなる亡き子の声と聞こえしが幻聴あはれしばし探しき(浦靖子)
路地奥の家に争ふ声聞こゆ老いたる人のこゑゆゑあはれ(清水雅彦)
歳かさね盲ひし猫は部屋壁に身を寄せつたひわが膝にくる(近藤教子)
コロナ禍にて帰省とりやむ子の電話むかうに孫の嘆く声する(原田美枝)
静もれる秋の浅谷人気なく生ふる二番穂穂先をたるる(村越博茂)
曇日の午後の街森風の絶え垂るる木付子の花おもおもし(上野千里)
家族らを養ひしとふミヤンマーの少女デモにて命帰らず(大貫孝子)
おだやかに日すがら晴るる母の忌の庭に今年も八手花咲く(前田弥栄子)
目に見えぬものを恐れて家寵る暮しも二年この年も逝く(安部洋子)
六十年交はる友と来し京都つひなる旅かかたみに言はず(横山節子)
昼酒を許したまはな古稀近きわれにて妻と旅にしあれば(大塚秀行)
コロナ禍に手術の娘待つ一日冬雲ひくく照りかげりする(斎藤すみ子)
ストーブをつければ直に近寄りし猫の老いたりわれも老いたり(清宮紀子)
夾竹桃熱暑の光に咲き満ちて七十余年経たり広島(山本玲子)
週末は卓上の本片付けて食共にする幼子を待つ(田丸英敏)
ことさらに悲しみ抑へせつせつと妻いふ言葉がやさしく聞こゆ(星野彰)