今月の作品○2019(平成31)年~  ○平成25~30年  ○平成20~24年  ○平成15~19年



      二〇一九(令和元)年十月号     


還暦にて職を退くとふわがくすしさみしき言葉今日聞くものか 多田隈良子(米国)
夫逝き五十年長くすぎゆきて八十八歳の生日むかふ 村上時子(愛媛)
十七年臥しゐし人の訃報きく音なき梅雨の雨の降る夜 大方澄子(福島)
人の影人の声なき阿寒湖に打上げ花火さびしく終る 田丸英敏(東京)
百歳の叔母がホームに花活ける華道師範玉翠として 渡邊久江(埼玉)
月いまだ昇らぬ夏至の星空をヘリコプターの明滅移る 山本豊(岩手)
街の音遠くにありて萱草の花開きそむ梅雨の夕ぐれ 鹿島典子(千葉)
下山せしのちに降りたる大雨にウルバンバ川激流となる 細貝恵子(埼玉)
雨のふる夕ぐれ時の庭に咲く白き紫陽花ほのかに明かし 石川英子(愛知)
古里に慰霊のサイレン鳴り渡る君は還らぬままに二年 小林よしこ(福岡)



      二〇一九(令和元)年九月号     


今年またわが往反の道のべに立葵さき亡き父の顕つ 戸田佳子(千葉)
しなやかに木槿の若葉ゆるる朝母の祥月命日迎ふ 清宮紀子(千葉)
父ははは十人のはらから宝とぞ育て給ひき貧しき農に 佐藤スミヱ(大分)
日の入りしのちの光にしばらくは黄砂の滲む空の明るし 中村達(愛知)
満開のにほひまつりかの香たつ庭に一日の疲れを癒やす 小池早苗(愛媛)
朝覚めてをれば静かに降り出でて止むとしもなし冬に入る雨 新宮哲雄(大分)
震災にて崩れし石垣七千個の石積み直されて小峰城たつ 佐藤順子(福島)
とぼとぼと長き砂利道杖ひきて武蔵野陵にわれは詣で来 鬼丸早苗(静岡)
山深きわがふるさとはいよいよに消滅集落となる日も近し 尾崎玲子(千葉)
歯科医師の切り口上の説明も口開けをれば声発すのみ 大場わか(茨城)
つまづきてふみとどまれず転ぶなど老いを諾ふはけの長坂 小島玉枝(東京)



      二〇一九(令和元)年八月号     


過ぎ方の桜の花は降る雨に寒き光となりて散りゆく 佐保田芳訓(東京)
北上川より揚水のわが水田川の魚が時には泳ぐ 八重嶋勲(岩手)
別れたる夫は悩の病いえ大学教授となりて生終ふ 森田貞子(兵庫)
黄蝶とび白蝶のとぶわが庭よ春になりしと亡き人にいふ 加古敬子(愛知)
生あらば四十二歳の生日ぞ息子の遺影に令和を告ぐる 日下部扶美子(千葉)
歩みゆく白き参道にならび立つ北山杉のかたちさやけし 大貫孝子(東京)
空渡りゆくかりがねの声きこゆ平成尽くる四月の寒さ 石ケ森やす子(岩手)
さくら咲く街の西空丹沢が今朝雪山となりてかがやく 大塚秀行(東京)
くさむらのなかに紫蘭の花増えて人住まぬ庭花のさきつぐ 上野千里(千葉)
平成の御世惜しみつつ四月尽陛下の御言葉つつしみて聞く 羽多野茂子(長野)



      二〇一九(令和元)年七月号     


冷えびえとひと日の曇昏るるころ日向水木の黄のうすあかり 神田あき子(愛知)
添ひゆかん人亡く伴ふ人もなく一年経ちてまた梅の咲く 岩瀬和子(愛知)
いづこにもみにくき策動あるらんかSNSを見れば疲るる 樫井礼子(長野)
植木屋の編む青竹の四つ目垣棲み古るわが家の結界にして 森谷耿子(東京)
かにかくに平成の御代はありがたしたたかひなくて三十余年 池田禮(千葉)
シベリアに旅せし孫に伝へをりその曽祖父の抑留の日々 坂本信子(宮崎)
山小屋を出づれば立山夕映えて風紋の影たをやかに顕つ 関正美(東京)
帰郷せし子らと眠らん久々に人の香のする闇やはらかし 菅原伸(宮城)
身に近き人皆逝きてほとほとに寂しと思ふこの夕まぐれ 浦靖子(埼玉)
海沿ひの街の復興成らぬまま八年を経て新堤防立つ 相澤寿美子(宮城)



      二〇一九(令和元)年六月号     


書店なく病院のなきわが町はもはや住みよき町にはあらず 島原信義(宮城)
年老いて呆くるといへどおのづから人は境涯の影持ちて生く 小山正一(新潟)
吹雪やみし後の夕焼ことのほか輝きわたる三月二日 鎌田和子(北海道)
寛かに流るる大河渡り行く二千五百米のつばさ橋にて 小川明(東京)
風なきに散るべきは散りわが庭の簡素になりし木々に雪降る 池野國子(島根)
噴気孔のめぐりは雪の融けをりてはだらに赤き谷の静まり 仲田紘基(千葉)
雪降らず雨の降らざるきさらぎのわが住む空を帰る白鳥 菅野幸子(岩手)
三十年続きし歌会人減りて解散となるこの春寂し 橋本倫子(福岡)
三河なる丘のなだりの広き畑冬日あつめて甘藍きほふ 戸田民子(東京)
たわいなき言葉を残しわが夫は余命を二か月永らへて逝く 佐藤文子(福島)



      二〇一九(令和元)年五月号     


うつしみに筆もつことも久しくて今日の集ひに淚したたる 浅井富栄(島根)
傾きし日にてらさるるひと所森のなだりの木々は冬枯 飯塚和子(神奈川)
あらたまの年の光はながながと生き来しわれにもやさしく届く 山口さよ(三重)
葉も茎も枯れて水澄む蓮池に冬日明るく水鳥あそぶ 佐々木勉(秋田)
しののめの黒く棚引く雲間より日の出づるらしほのかに明く 堀和美(香川)
やはらかき窓のあかりが雪にさすこのつつましき家のあかとき 中里英男(東京)
久々に一夜降りたる冬の雨北上川の水盛りあがる 八重嶋みね(岩手)
飼ふ人のかなしみ思ふ豚コレラ三万頭の殺処分とぞ 鈴木ひろ子(千葉)
孫たちに冷やかされつつ歳かさねわが生日のエープリルフール 大里啓子(青森)
次々と葬儀の花輪を薙ぎ倒し赤城颪は吹き荒ぶなり 小堀高秀(群馬)



      平成三十一年四月号     


安穏の病み処の一夜かく明けてビルの上部に朝日差しくる 田野陽(東京)
池の空ひとときめぐり鷗らの一団岸にふたたびいこふ 佐藤淳子(埼玉)
円かなる夕月ひかりを伴はず暮るるに間ある街の親しさ 田島智恵(群馬)
三代の御代を生き来てすこやかに白寿とならん年を迎ふる 中村とき(岩手)
冬鳥の数ふえくればこもごもに鳴く声したし湖の辺の道 荒木精子(熊本)
ETCのバー目の前に跳ね上がる老鈍われに慣れ難きもの 中村達(愛知)
南天のあかき実冬日にひかる道秩父颪に吹かれて歩む 杉本康夫(埼玉)
たまはりし命とおもひ癌いえし夫と新春の光に憩ふ 安田渓子(青森)
戦争に線路供出せしこともありし小谷は今過疎の村 斎藤永子(長野)
玉石の清しき宮に神馬まつこの年つひの朔日参り 村松とし子(三重)



      平成三十一年三月号     


昼ながら物音のせぬ丘の道歩みてをれば限りなくひとり 黒田淑子(岐阜)
姿なく声なき夫を偲びつつ悲しき日々の今日も暮れゆく 中島良子(神奈川)
錦木の赤きもみぢに耿々と照る月未明の戸外のあかり 鈴木眞澄(千葉)
したたかなる時雨のすぎてわが歩む日暮の街に逢ふ人のなし 早川政子(広島)
仕事やめ機音のなき日々の庭金木犀の香り漂ふ 夏目冨美子(愛知)
ゆふぐれの時雨に濡れて遠くまでつづく桜のもみぢ明るし 草葉玲子(福岡)
われよりも生くる気力を持つ媼九十にして運転をする 中村リツ子(岩手)
引潮の海の静けさ寒空に白きユツカの花は咲きつぐ 藤原佳壽子(愛媛)
午後二時の日の差す銀座四丁目交叉路あゆみ襟巻を解く 佐々木比佐子(東京)
天空の駅と言はるる宇都井駅三江線も廃線となる 藤岡春江(島根)



      平成三十一年二月号     


夕飯を食へば用なき老人は明日の生命を臥して養ふ 長田邦雄(埼玉)
老々を恃む子供ら遠くしてうつつ今宵の火星煌く 大田いき子(島根)
朝まだき娘はスカイプ会議とふ時差七時間のスイスに居りて 林眞須美(山口)
移住者の途絶えて久し現今に生きつぐ移民は年毎に減る 梅崎嘉明(ブラジル)
さながらに彼岸に向ふ心地して車椅子にて花の中ゆく 細田伊都代(和歌山)
子がひとり住む高層の窓に見ゆ幹線道路の果ての満月 村瀬湛子(愛知)
山峡の底ひにひしめく源流の石青ければゆく水あをし 菅千津子(愛媛)
寺庭の斜面に枝垂れ咲く萩の白き花紅き花に雨降る 山本尚子(神奈川)
若き友に守らるる旅今日終へて九十二歳のわれの生日 中田球子(東京)
老いてこそ赤が似合ふと言ふごとし友がまた買ふ赤きブラウス 深谷粋子(茨城)
秋の日のひと日暮れつつ初冠雪の鳥海山におよぶ夕映 松井藤夫(秋田)



      平成三十一年一月号     


  板宮清治(岩手)
午後の空くもりのままにすぎてゆき廊下を歩く影おぼろなり
地震起るありさま見つつひと日すぎ夕暮れの頃の空を寂しむ

  菊澤研一(岩手)
残老をさまたぐるもの無しといひありといひわが過去を弔ふ
色のなき液体の香をもてあそびかつて乱れてはや力なし

  秋葉四郎(千葉)
ひもすがら眩しき街が午後となり斜陽にビルは個々の影引く
白き雲の一群おもむろに移動して秋山蔵王晴れわたりたり